私はいわゆる転職組でして、大学卒業と同時に入社した会社を3年でリタイアしました。理由はいろいろとあるのですが、一番は人間関係の軋轢に疲れてしまったことです。一部上場企業でそこそこ有名な会社ですので、親戚からは立派な社会人だと評価されることが多かったのですが、実際にはブラック企業とまでは言わなくても、とても過酷な労働環境だったと思います。

徹夜で仕事をさせたりなどは、私のころにはさすがに無くなっていましたが、それでも納期がきつく、自宅に持ち帰って寝ずにまた出社するってことは頻繁にありました。

同僚の女性社員は鬱行になってしまい、休職を繰り返していましたし、同僚で辞めた人間は1人や2人ではありません。それほど、長く務める人が少ない会社でした。

 

私は大学生のころからAGA気味の髪型をしていたので、周りの友人たちからは「はげ丸」などと呼ばれたりしていましたが、そういった職場環境の影響が更に私の頭髪を傷めつけたのです。

おかげで社会人3年目になるころには、立派すぎるほどの若ハゲになりました。満員電車でも隣になった人が自然と僕の顔を見て、そのあと生え際に視線が伸びていくのがつらかったです。

おそらく「この年でハゲて、大変だなぁ~」なんて思われていたのではないでしょうか?

そのころは仕事が忙しくて疲労困憊状態でしたので、周りからどう見られても良いやって投げやりな生活を送っていました。おかげで髪型なども寝起きに近い感じでしたし、AGA丸出しの状態でした。

 

しかし、このままでは流石にまずいなぁって思ったのです。普通に結婚して、子供を持って、幸せな家庭で平凡な人生を送っていきたい!そんな人並みの夢もありました。

そこで、まずは自分には合っていない職場環境を改めることから始めたのです。

最初は直属の上司に報告し、そのあと課長、部長、そして社長へと辞職の意を伝えました。昔ながらのピラミッド型の企業で、ホウレンソウが絶対の会社ですので、辞める時もとにかく時間がかかってうんざりしました。

3日連続で上司たちに辞職を思いとどまるようにと、説得の飲み会を開いてもらいましたが、私の意志は固く、最後は穏便に辞職することが出来ました。そのことは非常に良かったと今でも思っています。

 

その後、次の職の当てもなく止めた私は、まずは職探しを始めた…のかと思いきや、私はなんとAGA病院の情報を検索しはじめました。

もともとAGA治療をしたいって気持ちはあったのですが、この転職のタイミングこそが治療をはじめるベストタイミングだと感じたからです。

私は東京に住んでいるので、東京でのAGA病院に限定して探したのですが、その中でも特に良さそうなのが銀クリAGAという病院でした。

東京の病院情報はここで詳しく書かれています。AGA病院東京.biz

結局、この病院でカウンセリングを受けて、治療計画を立てて治療を始めることになりました。

今後の治療経過なども、このブログで公開していきたいと思います。